self memo

タグ:梅田望夫 ( 3 ) タグの人気記事

コメントを頂いた

前回の記事でトラックバックさせて頂いた社長さん(と思われる方)からコメントを頂いた。

非公開コメントだったので内容は伏せておくが、とても真摯なメッセージだと感じた。

この社長さんのような著名な方と私のような一エンジニアが、数行のテキストとはいえ意見を交わす事が出来るなんて、やっぱりインターネットは素晴らしい!

ウメダモチオイズムのエバンジェリストとして、今後も頑張っていこうと改めて思えた。
Webエンジニアとして、今後も頑張っていこうと改めて思えた。
[PR]
by aratafuji | 2008-11-14 19:03 | つぶやき

'梅田望夫の「はてブがバカすぎる」議論について'を読んで

梅田望夫さんのつぶやきが議論をよんでいるみたいだが、ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まるや、シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土を読んで気分アゲアゲになった私は、梅田望夫さんの肩を持ちたいと思う。

色々と批判的な記事を読んだが、特に以下の記事が引っかかった。
梅田望夫の「はてブがバカすぎる」議論について:
実行する勇気もない犯罪予告がいっぱいあって、
海外に行ったこともないのに、韓国・中国の批判をして、
英語のニュースを読めないのに、反米主義を唱えて、
発売前の本やゲームの批評がアマゾンにいっぱいあって、
つきあったことないのに、女性をスイーツ(笑)呼ばわりして、
彼女いない暦=年齢なのに、結婚は無駄だと延々と議論していて...

このように、インターネットの現状を徒然に書いているが、そんな事は言われなくたって知っている。
問題はその現状を認識した上で、どのように行動を起こすかではないのだろうか。

この社長さんは、そんなインターネットの現状が理想とするインターネットの姿なのだろうか。
であれば、それでも良いだろう。

しかしながら、私は今のインターネットが決して理想の姿だとは思えない。

「買ったことのない本に対する書評の批判」が溢れるより、該当の記事を読んで興味を持ったのであれば、まずは対象の本を読み、自分自身で考え、その上で会った事も無い人達と熱く議論できるような世界にしたいと考えている。

不条理な現実に遭遇した際に、"そんなもんだよ"なんて冷静に受け流すような人間にはなりたくない。
少しでもその不条理な現実に立ち向かっていくような、熱い人間であり続けたいと思う。

この社長さんのプロフィールを見たら、
好きな言葉は「C言語は世界を救う」。

とあった。
社長さんの経歴を読む限り、この'世界'とはインターネットの事だけを指しているわけではないだろう。
しかしながら、このような熱い言葉を好きな言葉に掲げている方が、このような冷めたコメントをしてしまう事が残念でならない。
[PR]
by aratafuji | 2008-11-10 13:31 | つぶやき

"ウェブ時代 5つの定理"の対象読者

ウェブ時代 5つの定理を読んだ。

自分探しが止まらないを読んでフラストレーションが溜まっていた私は、いかにもな「自己啓発書」と思われる本書を読めば、ノリノリな気持ちになれると信じていた。
けれど、ノリノリになれなかった…。

なぜだろうか?
結論からいえば、私は本書の対象読者では無かったからであろう。

私が思う、本書の対象読者は以下の何れかに該当し、かつ「働く充実感」を得られていない者だ。
- 才能溢れるAクラスの技術者
- 豊富な経験を積んでいる者
- 大金持ち

残念ながら、私は上記対象に該当しない。

まえがきには以下の記述がある。
現代社会で働くすべての人が、仕事に活路を見出していくうえで座右に置き、仕事のさまざまな局面で手に取り、この金言を何度も繰り返し実際に使えること、生きるヒントを得られること、仕事に活かせること。それを、本書は目指しました。

これを読んでた頃は、ワクワクだった。
なぜならば、私は現代社会で働いている。

期待に胸膨らませて挑んだ第一の金言は、以下だ。

もしフラストレーションが報酬よりも大きかったら、
そして、失敗の恐れよりも欲のほうが大きかったら、
そして、新しい技術や製品がつくれるのなら、始めよ。
<以下略>
-- ゴードン・ベル

注目すべきは、これら3つの条件式が、"and"な点だ。
1番目、2番目の条件は主観的な条件なので、何とかなる。
さらっと書いてある3番目の条件、これは厳しい…。

やや動揺しつつも読み進める。

Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる。
Bクラスの人は、Cクラスの人を採用したがる。
-- シリコンバレーの格言

上記した通り、私はAクラスの人ではない。
決して、"採用面接を受けるならば、Bクラスの面接官がいそうなところに行け"と言いたいわけではないところをみると、この格言から何を学べというのだ。
Aクラスでなくとも、"Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる。"事ぐらい分かる。
サイボウズラボの人の記事を読むと、そんな甘いなものではないのかもしれないけど…。

その後、シリコンバレーやGoogleに、世界中から「最高に優れた技術頭脳」が集まっている様を表す金言?が続く。
そんな事も知っている。
知りたい事は、「最高に優れた技術頭脳」を持っていない私はどうするべきかなのだ。

P.191~192にかけては、boldでさらに追い討ちをかけられる。

第4定理までで、私は本書が対象とする技術者では無い事を思い知らされた。

そして、第5定理の"大人の流儀"。
ここで定義されている"大人"とは、"十分な経験を積んだ者"、"投資する余裕のある大金持ち"ではないだろうか。

こちらも前述した通り、私は該当しない。

ページを読み進める度に、今までの人生で一体自分は何をしてきたんだろうか、というような後悔の念だけが強まる。

最後の最後で、著者から私のような者に向けられたと思われる記述が現れる。
それは、以下の格言を受けてのものだ。
自分がやらない限り世に起こらないことを私はやる。
-- ビル・ジョイ


しかし、この言葉はそんな一握りの天才だけに許された言葉なのでしょうか。
私はそうは思いません。
どれほどの数の人がいても、一人ひとりの個性や経験や環境はすべて異なります。さまざまな個性や志向性を組み合わせていけば、「自分がやらない限り世に起こらないことをする」ことは必ずできる。

ここまででケチョンケチョンにされてきた私に、もはやこの言葉は響かない。
そして、読了。

本書を読んだ事で、きっと私の人生は変わらないだろう。

これまでだって、それなりに努力してきた。
そして、これからもそれなりに努力し続ける。

本書に以下の記述がある。
個に徹底的に自由を与える。結果としての平等を求めるのではなく、すべての人にすべての情報があまねく与えられる環境整備をして、機会を均等に与えたい。インターネットとはそういうことを実現できるものなのだ、

機会が平等に与えられている事も、知っている。
与えられた機会を生かせていないのは、自分のスキルの問題だ。

"今のままの君でいいよ"なんて欠片も思わせてくれなかった事は、感謝するべきだろう。
[PR]
by aratafuji | 2008-03-05 00:52 | レポート